二太子、木叉恵岸《もくしゃえがん》。これにいますはすなわち、わが師父《しふ》、南海の観世音菩薩《かんぜおんぼさつ》摩訶薩《まかさつ》じゃ。天竜《てんりゅう》・夜叉《やしゃ》・乾闥婆《けんだつば》より、阿脩羅《あしゅら》・迦楼羅《かるら》・緊那羅《きんなら》・摩※[#「目+喉のつくり」、第3水準1−88−88]羅伽《まごらか》・人・非人に至るまで等しく憫《あわ》れみを垂れさせたもうわが師父には、このたび、爾《なんじ》、悟浄が苦悩《くるしみ》をみそなわして、特にここに降《くだ》って得度《とくど》したもうのじゃ。ありがたく承るがよい。」
覚えず頭《こうべ》を垂れた悟浄の耳に、美しい女性的な声――妙音《みょうおん》というか、梵音《ぼんおん》というか、海潮音《かいちょうおん》というか、――が響いてきた。
「悟浄《ごじょう》よ、諦《あきら》かに、わが言葉を聴いて、よくこれを思念せよ。身の程《ほど》知らずの悟浄よ。いまだ得ざるを得たりといいいまだ証《あかし》せざるを証せりと言うのをさえ、世尊《せそん》はこれを増上慢《ぞうじょうまん》とて難ぜられた。さすれば、証すべからざることを証せんと求めた爾《な
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