しも賢くなっていないことを見いだした。賢くなるどころか、なにかしら自分がフワフワした(自分でないような)訳の分からないものに成り果てたような気がした。昔の自分は愚かではあっても、少なくとも今よりは、しっかり[#「しっかり」に傍点]とした――それはほとんど肉体的な感じで、とにかく自分の重量を有《も》っていたように思う。それが今は、まるで重量のない・吹けば飛ぶようなものになってしまった。外《そと》からいろんな模様を塗り付けられはしたが、中味のまるでないものに。こいつは、いけないぞ、と悟浄は思った。思索による意味の探索以外に、もっと直接的な解答《こたえ》があるのではないか、という予感もした。こうした事柄に、計算の答えのような解答を求めようとした己《おのれ》の愚かさ。そういうことに気がつきだしたころ、行く手の水が赤黒く濁ってきて、渠《かれ》は目指す女※[#「人べん+禹」、151−17]《じょう》氏のもとに着いた。

 女※[#「人べん+禹」、152−1]《じょう》氏は一見きわめて平凡な仙人《せんにん》で、むしろ迂愚《うぐ》とさえ見えた。悟浄が来ても別に渠《かれ》を使うでもなく、教えるでもなかっ
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