のは、ただ、自然を観《み》て、しみじみとその美しい調和の中に透過することである。
「まず感じることです。感覚を、最も美しく賢く洗煉《せんれん》することです。自然美の直接の感受から離れた思考などとは、灰色の夢ですよ。」と弟子の一人が言った。
「心を深く潜ませて自然をごらんなさい。雲、空、風、雪、うす碧《あお》い氷、紅藻《べにも》の揺れ、夜水中でこまかくきらめく珪藻《けいそう》類の光、鸚鵡貝《おうむがい》の螺旋《らせん》、紫水晶《むらさきすいしょう》の結晶、柘榴石《ざくろいし》の紅、螢石《ほたるいし》の青。なんと美しくそれらが自然の秘密を語っているように見えることでしょう。」彼の言うことは、まるで詩人の言葉のようだった。
「それだのに、自然の暗号文字を解くのも今一歩というところで、突然、幸福な予感は消去り、私どもは、またしても、美しいけれども冷たい自然の横顔を見なければならないのです。」と、また、別の弟子が続けた。「これも、まだ私どもの感覚の鍛錬が足りないからであり、心が深く潜んでいないからなのです。私どもはまだまだ努めなければなりません。やがては、師のいわれるように『観ることが愛すること
前へ
次へ
全49ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング