かけてのことだが、彼が一人の少女を慕っていたのを私は知っている。小学校の私達の組は男女混合組で、その少女は副級長をしていた。(級長は男の方から選ぶのだ。)背の高い、色はあまり白くはないが、髪の豊かな、眼のきれの長く美しい娘だった。組の誰彼が、少女|倶楽部《クラブ》か何かの口絵の、華宵《かしょう》とかいう挿絵画家の絵を、よく此《こ》の少女と比較しているのを聞いたことがあった。趙は小学校の頃から其《そ》の少女が好きだったらしいのだが、やがてその少女もやはり龍山から電車で京城の女学校に通うこととなり、往き帰りの電車の中でちょいちょい[#「ちょいちょい」に傍点]顔を合せるようになってから、更に気持が昂《こう》じてきたのだった。ある時、趙はまじめになって私にその事を洩らしたことがあった。はじめは自分もそれ程ではなかったのだが、年上の友人の一人がその少女の美しさを讃《ほ》めるのを聞いてから、急に堪《たま》らなく其の少女が貴く美しいものに思えてきたと、その時彼はそんなことを云った。口には出さなかったけれども、神経質な彼が此の事についても又、事新しく、半島人とか内地人とかいう問題にくよくよ心を悩ました
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