しくしているのを余り喜んでいなかった。まして虎狩などという危険な所へ、そういう友達と一緒にやるなどとは、頭から許さないにきまっている。色々考えあぐんだ末、私は次の様な手段をとろうと決心した。中学校の近所の西大門に、私の親戚――私の従姉の嫁いでいる先――がある。土曜日の午後、そこへ遊びに行くと称して家を出て、その時、ひょっとしたら今晩は泊ってくるかも知れない、と言って置く。私の家にもその親戚の家にも電話はなかったし――少くとも、之《これ》でその晩だけは完全にごまかせる訳だ。勿論、後《あと》になってばれるにはきまっているが、その時はどんなに叱られたっていい。とにかく其の晩だけ何とかごまかして行ってしまおうと、私は考えた。珍しい貴い経験を得るためには親の叱言《こごと》ぐらいは意に介しない底の小享楽家だったのである。
その翌朝、学校へ行って、趙に、彼の父親が承諾を与えたかと聞くと、彼は怒ったような顔付で「あたりまえさ」と答えた。その日から私達は課業のことなどまるで耳にはいらなかった。趙は私に彼が父親から聞いた色々な話をして聞かせた。虎は夜でなければ餌をあさりに出掛けないこと、豹は木に登れるけ
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