来昔からの家柄の紳士で、韓国時代には相当な官吏をしていたものらしい。そうして、職を辞した今も、いわゆる両班《ヤンパン》で、その経済的に豊かなことは息子の服装からでも分った。ただ趙は――自分の家庭での半島人としての生活を見られたくなかったのであろう――自分の家へ遊びに来られるのを嫌ったので、私はついぞ彼の家へ――その所在は知っていたが、行ったことはなく、従って彼の父親も知らなかった。何でも虎狩へは殆ど毎年行くのだそうだが、趙大煥が連れて行かれるのは今年が始めてなのだという。だから、彼も興奮していた。その日、二人は電車を降りて別れるまで、この冒険の予想を、殊《こと》に、どの程度まで自分達は危険に曝《さら》されるであろうかという点について色々と語り合った。さて、彼に別れて家に帰り、父母の顔を見てから、私は迂闊《うかつ》にも、始めて、此《こ》の冒険の最初に横たわる非常な障碍《しょうがい》を発見しなければならなかった。如何《いか》にすれば私は両親の許可を得ることが出来ようか? 困難はまず其処《そこ》にあった。元来、私の家では、父などは自ら常に日鮮融和などということを口にしていたくせに、私が趙と親
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