えると、いよいよ、例の、彼の言った「強い、弱い」云々《うんぬん》の言葉が意味のあるものに思われてくるのだった。
やがて、彼に関する色々な噂《うわさ》が伝わって来た。彼がある種の運動の一味に加わって活躍しているという噂を一しきり私は聞いた。次には、彼が上海《しゃんはい》に行って身を持崩しているというような話も――これはやや後になってではあるが――聞いた。その何《いず》れもがあり得ることに思えたし、又同時に、両方とも根の無いことのように考えられもした。斯《こ》うして、中学を終えると直ぐに東京へ出て了った私は、其の後、杳《よう》として彼の消息を聞かないのだ。
六
虎狩の話をするなどと称しながら、どうやら少し先走りしすぎたようだ。さて、ここらで、愈々《いよいよ》本題に戻らねばならぬ。で、この虎狩の話というのは、前にも述べたように、趙が行方をくらます二年程前の正月、つまり私と趙とが、例の、目の切れの長く美しい小学校の時の副級長を忘れるともなく次第に忘れて行こうとしていた頃のことだ。
ある日学校が終って、いつもの様に趙と二人で電車の停留所まで来ると、彼は私に、いい話があるか
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