うに響いた。
 ――生意気だぞ。貴様!
 それと共に、明らかにピシャリと平手打の音が、そして次に銃が砂の上に倒れるらしい音と、更にまた激しく身体を突いたような鈍い音が二三度、それに続いて聞えた。私は咄嗟《とっさ》に凡《すべ》てを諒解した。私には悪い予感があったのだ。ふだんから憎まれている趙のことではあり、それに昼間のような出来事があったりしたので、或いは今夜のような機会にやられるのではないかと、宵の中から私はそんな気がしていた。それが今、ほんとうに行われたらしいのだ。私は天幕《テント》の中で身を起したが、どうする訳にも行かず、ただ胸をとどろかしたまま、暫くじっ[#「じっ」に傍点]と外の様子を窺《うかが》っていた。(外《ほか》の友人達は皆よく眠っていた。)やがて外は、二三人の立去る気配がしたあとはしいん[#「しいん」に傍点]とした静けさにもどった。私は身仕舞をして、そっと天幕を出て見た。外は思いがけなく真白な月夜だった。そうしてテントから二|間《けん》ほど離れた所に、月に照らされた真白な砂原の上に、ポツンと黒く、小さな犬か何かのように一人の少年がしゃがんだまま、じっ[#「じっ」に傍点]と
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