らしかった。元来私達の中学校では上級生が甚だしく威張る習慣があった。途《みち》で会った時の敬礼はもとより、その他何事につけても上級生には絶対服従ということになっていた。で、私は、その時も趙が大人《おとな》しくあやまるだろうと思っていた。が、意外にも――あるいは私達がそばで見ていたせいもあるかも知れないが――仲々素直にあやまらないのだ。彼は依固地《いこじ》に黙ったまま突立っているばかりだった。Nは暫《しばら》く趙を憎さげに見下していたが、私達の方に一瞥《いちべつ》をくれると、そのままぐるりと後を向いて立去って了った。
実をいうと、此の時ばかりでなく、趙は前々から上級生に睨《にら》まれていたのだ。第一、趙は彼等に道で逢っても、あまり敬礼をしないという。これは、趙が近眼であるにも拘《かかわ》らず眼鏡を掛けていないという事実に因《よ》ることが多いもののようだった。が、そうでなくても、元来年の割にませていて、彼等上級生達の思い上った行為に対しても時として憫笑を洩らしかねない彼のことだし、それにその頃から荷風の小説を耽読《たんどく》する位で、硬派の彼等から見て、些《いささ》か軟派に過ぎてもいたの
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