後私達は本町通りの三越に寄った。それは恐らく、日本で最も早い熱帯魚の紹介だったろう。三階の陳列場の囲いの中にはいると、周囲の窓際に、ずっと水槽を並べてあるので、場内は水族館の中のような仄《ほの》青い薄明りであった。趙は私を先ず、窓際の中央にあった一つの水槽の前に連れて行った。外《そと》の空を映して青く透った水の中には、五六本の水草の間を、薄い絹張りの小|団扇《うちわ》のような美しい、非常にうすい平べったい魚が二匹静かに泳いでいた。ちょっと鰈《かれい》を――縦におこして泳がせたような恰好《かっこう》だ。それに、その胴体と殆ど同じ位の大きさの三角帆のような鰭《ひれ》が如何《いか》にも見事だ。動く度に色を変える玉虫めいた灰白色の胴には、派手なネクタイの柄のように、赤紫色の太い縞《しま》が幾本か鮮かに引かれている。
「どうだ!」と、熱心に見詰めている私の傍で、趙が得意気に言った。
硝子《ガラス》の厚みのために緑色に見える気泡の上昇する行列。底に敷かれた細かい白い砂。そこから生えている巾の狭い水藻。その間に装飾風の尾鰭を大切そうに静かに動かして泳いでいる菱形の魚。こういうものをじっ[#「じっ」
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