をあげると、それが、何と驚いたことに、虎だったという。虎が――しかも二匹で、後肢《あとあし》で立上り、前肢の爪で、しきりにガリガリやっていたのだ。巡査は顔色を失い、早速部屋の中にあった丸太棒を閂《かんぬき》の代りに扉にあてがったり、ありったけの椅子や卓子を扉の内側に積み重ねて入口のつっかい[#「つっかい」に傍点]棒にしたりして、自身は佩刀《はいとう》を抜いて身構えたまま生きた心地もなくぶるぶる顫《ふる》えていたという。が、虎共は一時間ほど巡査の胆《きも》を冷させたのち、やっと諦めて何処《どこ》かへ行って了《しま》った、というのである。此《こ》の話を京城日報で読んだ時、私はおかしくておかしくて仕方がなかった。ふだん、あんなに威張っている巡査が――その頃の朝鮮は、まだ巡査の威張れる時代だった。――どんなに其《そ》の時はうろたえて、椅子や卓子や、その他のありったけのがらくた[#「がらくた」に傍点]を大掃除の時のように扉の前に積み上げたかを考えると、少年の私はどうしても笑わずにはいられなかった。それに、そのやって来た二匹連れの虎というのが――後肢で立上ってガリガリやって巡査をおどしつけた其の二
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