昼烽フ渦巻がぐるぐると廻り出す。いけない! と思ってすぐに目を開く。
 ウカル樹の細かい葉一つそよがない。肩甲骨の下の所に汗が湧き、それが一つの玉となって背中をツーッと伝わって行くのがはっきり[#「はっきり」に傍点]判る。何という静けさだろう! 村中眠っているのだろうか。人も豚も鶏も蜥蜴《とかげ》も、海も樹々も、咳《しわぶ》き一つしない。
 少し疲れが休まると、また歩き出す。パラオ特有の滑らかな敷石路である。今日のような日では、島民たちのように跣足《はだし》でこの石の上を歩いて見ても、大して冷たくはなさそうだ。五、六十歩下りて、巨人の頬髯《ほおひげ》のように攀援類《はんえんるい》の纏《まと》いついた鬱蒼《うっそう》たる大榕樹《だいようじゅ》の下まで来た時、始めて私は物音を聞いた。ピチャピチャと水を撥ね返す音である。洗身場だなと思って傍を見ると、敷石路から少し下へ外《そ》れる小径《こみち》がついている。巨大な芋葉と羊歯《しだ》とを透かしてチラと裸体の影を見たように思った時、鋭い嬌声が響いた。つづいて、水を撥《は》ね返して逃出す音が、忍び笑いの声と交って聞え、それが静まると、また元の静寂に
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