ンを知っているだけである。
巨大な榕樹《ようじゅ》が二本、頭上を蔽い、その枝といわず幹といわず、蔦葛《つたかずら》の類が一面にぶらさがっている。
蜥蜴《とかげ》が時々石垣の蔭から出て来ては、私の様子を窺《うかが》う。ゴトリと足許の石が動いたのでギョッとすると、その蔭から、甲羅のさしわたし[#「さしわたし」に傍点]一尺位の大蟹が匍《は》い出した。私の存在に気が付くと、大急ぎで榕樹の根本の洞穴に逃げ入った。
近くの・名も判らない・低い木に、燕《つばめ》の倍ぐらいある真黒な鳥がとまって、茱萸《ぐみ》のような紫色の果を啄《ついば》んでいる。私を見ても逃げようとしない。葉洩陽《はもれび》が石垣の上に点々と落ちて、四辺《あたり》は恐ろしく静かである。
私のその日の日記を見ると、こう書いてある。「忽《たちま》ち鳥の奇声を聞く。再び闃《げき》として声無し。熱帯の白昼、却つて妖気あり。佇立《ちょりつ》久しうして覚えず肌に粟を生ず。その故を知らず」云々《うんぬん》。
船に帰ってから聞いた所によると、クサイの人間は鼠《ねずみ》を喰うということである。
※[#ローマ数字2、1−1
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