ウきものだ。現実を恐れぬ者は、借り物でない・己の目でハッキリ視る者は、何時どのような環境にいても健康なのだ。ところが、お前の中にいる『古代|支那《シナ》の衣冠を着けたいかさま[#「いかさま」に傍点]君子』や『ヴォルテエル面《づら》をした狡そうな道化』と来たら、どうだ。先生たち、今こそ南洋の暑気に酔っぱらってよろめいているらしいが、醒めている時の惨めさを思えば、まだしも、酔っている時の方が、まし[#「まし」に傍点]のようだな。……」
見慣れぬ殻をかぶったちっぽけ[#「ちっぽけ」に傍点]な宿借《やどかり》が三つ四つ私の足許近くまでやって来たが、人の気配を感じて立止り、ちょっと様子を窺《うかが》ってから、慌ててまた逃げて行った。
村は今昼寝の時刻らしい。誰一人浜を通らぬ。海も――少くとも堡礁の内側の水だけは――トロリと翡翠《ひすい》色にまどろんでいるようだ。時々キラリと眩《まぶ》しく陽を照返すだけで。たまに鯔《ぼら》らしいのが水の上に跳ねるのを見れば、魚類だけは目覚めているらしい。明るい静かな・華やかな海と空だ。今、この海の何処《どこ》かで、半身《はんしん》を生温《なまぬる》い水の上に
前へ
次へ
全83ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング