しい音を立て、腰をひねり奇聲を發しつつ、多分に性的な身振を交へて踊り狂ふのである。
 歌の中でも、踊を伴はないものは、全部といつて良い位、憂鬱な旋律ばかりであつた。其の題名にも、頗るをかしなものが多い。その一例。シュック島の歌。「他人《ひと》の妻のことを思はず、己《おの》が妻のことを考へませう。」

 夏島の街で見た或る離島人の耳。幼時から耳朶を伸ばし伸ばしした結果らしく、一尺五寸ばかりも紐の樣に長く伸びてゐる。それを、鎖でも捲くやうに、耳殼に三※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《みまはり》ほど卷いて引掛けてゐる。さういふ耳をしたのが四人竝んで、すまして洋品店の飾窓を覗いてゐた。
 其の離島へ行つたことのある某氏に聞くと、彼等は普通の耳をもつた人間を見ると嗤《わら》ふさうである。顎《あご》の無い人間でも見たかのやうに。
 又、斯ういふ島々に永くゐると、美の規準に就いて、多分に懷疑的になるさうだ。ヴォルテエル曰く、「蟾蜍《ひきがへる》に向つて、美とは何ぞやと尋ねて見よ。蟾蜍は答へるに違ひない。美とは、小さい頭から突出た大きな二つの團栗眼《どんぐりまなこ》と、廣い平べつたい口と、黄
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