い脂を流したやうな朝凪の海の彼方、水平線上に一本の線が横たはる。之がヤルート環礁の最初の瞥見である。
やがて、船が近づくにつれて、帶と見えた一線の上に、先づ椰子樹が、次いで家々や倉庫などが見分けられて來る。赤い屋根の家々や白く光る壁や、果ては眞白な濱邊を船の出迎へにと出てくる人々の小さな姿までが。
全くジャボールは小綺麗な島だ。砂の上に椰子と蛸樹《たこのき》と家々とを程良くあしらつた小さな箱庭のやうな。
海岸を歩くと、ミレ村共同宿泊所、エボン村共同宿泊所等と書かれた家屋があり、其の傍で各島民が炊事をしてゐる。此處は全マーシャル群島の中心地とて遠い島々の住民が隨時集まつてくるので、其等の爲に各島でそれ/″\共同宿泊所を設けてゐる譯だ。
マーシャルの島民は、殊に其の女は、非常にお洒落である。日曜の朝は、てんでに色鮮かに着飾つて教會へと出掛ける。それも、恐らくは前世紀末に宣教師や尼さんが傳へたに違ひない・舊式の・頗る襞の多いスカートの長い・贅澤な洋裝である。傍から見てゐても隨分暑さうに思はれる。男でも日曜は新しい青いワイシャツの胸に眞白な手巾を覗かせてゐる。教會は彼等にとつて誠に
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