カ目で眺めてゐると自惚れてゐるのかも知れぬ。とんでもない。お前は實は、海も空も見てをりはせぬのだ。たゞ空間の彼方に目を向けながら心の中で 〔Elle est retrouve'e! ―― Quoi? ―― L'Eternite'. C'est la mer me^le'e au soleil.〕(見付かつたぞ! 何が? 永遠が。陽と溶け合つた海原が)と呪文のやうに繰返してゐるだけなのだ。お前は島民をも見てをりはせぬ。ゴーガンの複製を見てをるだけだ。ミクロネシアを見てをるのでもない。ロティとメルヴィルの畫いたポリネシアの色褪せた再現を見てをるに過ぎぬのだ。そんな蒼ざめた殼をくつつけてゐる目で、何が永遠だ。哀れな奴め!」
「いや、氣を付けろよ」と、もう一つの別な聲がする。「未開は決して健康ではないぞ。怠惰が健康でないやうに。謬《あやま》つた文明逃避ほど危險なものは無い。」
「さうだ」と先刻の聲が答へる。「確かに、未開は健康ではない。少くとも現代では。しかし、それでも、お前の文明[#「お前の文明」に傍点]よりはまだしも溌剌としてゐはしないか。いや、大體、健康不健康は文明未開といふことと係はり無き
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