ホかりの間にたつた一人の子供では、可愛がられるのが當り前のやうだが、此の場合は、それに多分の原始宗教的な畏怖と哀感とが加はつてゐるのである。
何故、此の島には赤ん坊が生れないのか。性病の蔓延や避姙の事實は無いか、と誰もが訊ねる。成程、性病も肺病も無いことはないが、それは何も、此の島に限つたことではない。といふより寧ろ、他の島々に比べて少い位なのだ。避姙に至つては己《おのれ》の島の絶滅を豫感して其の前に戰《をのの》いてゐるものが、そんな事をする譯が無いのである。又、女性の身體の一部に不自然な施術をする奇習が原因だらうといふ者もあるが、此の習慣の本家たるトラック地方の諸離島では人口減少の現象が見られないのだから、此の推測は當らない。他の島々に比べてタロ芋の産出は豐かだし、椰子も麺麭樹も良く實り、食料は餘る位だ。別に天災地變に見舞はれた譯でもない。では、何故《なぜ》だ。何故、赤ん坊が生れないか。私には判らない。恐らく、神が此の島の人間を滅ぼさうと決意したからでもあらう。非科學的と嗤はれても、さうでも考へるより外、仕方が無いやうである。よく手入された芋田と、美しい椰子林とを眞晝の眩しい光の下
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