B黒き小ナポレオンのゐるといふエルバ島である。
低い・全然丘の無い・小さな珊瑚島だ。緩く半圓を描いた渚の砂は――珊瑚の屑は、餘りにも眞白で眼に痛い。年老いた椰子樹の列が青い晝の光の中に亭々と聳え立ち、その下に隱見する土人の小舍がひどく低く小さく見える。二三十人の土民男女が濱に出て、眼をしかめたり小手を翳したりしながら、我々の船の方を見てゐる。
潮の關係で、突堤には着けられなかつた。岸から半丁程離れて船が泊ると、迎への獨木舟《カヌー》が三隻水を切つて近寄つた。見事に赤銅色をした逞しい男が、眞赤な褌一つで漕いで來る。近付くと、彼等の耳に黒い耳輪の下つてゐるのが見えた。
「では、行つて來ます」と警官はヘルメットを手に取りながら挨拶し、巡警を從へて甲板から降《お》りて行つた。
此の島には三時間しか泊らないことになつてゐる。私は上陸しないことにした。ひとへに暑さを恐れたためである。
晝食を下で濟ませてから、又甲板へ上つて來た。外海の濃藍色とは全然違つて、堡礁《リーフ》内の水は、乳に溶かした翡翠だ。船の影になつた所は、厚い硝子の切斷部のやうな色合に、特に澄み透つて見える。エンヂェル・フィッ
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