ノ向けた。私も亦それにつられて、何といふこともなく、目を細くして眩しい海と空とを眺めた。
 底拔けの上天氣である。何といふ光り輝く青さだらう、海も空も。澄《す》み透《とほ》る明るい空の青が、水平線近くで、茫と煙る金粉の靄の中に融け去つたかと思ふと、其の下から、今度は、一目見ただけで忽ち全身が染まつて了ひさうな華やかな濃藍の水が、擴がり、膨らみ、盛上つて來る。内に光を孕んだ豐麗極まりない藍紫色の大圓盤が、船の白塗の欄干《てすり》の上になり下になりして、とてつもなく大きく高く膨れ上り、さて又ぐうん[#「ぐうん」に傍点]と低く沈んで行く。紺青鬼《こんじやうき》といふ言葉を私は思出した。それがどんな鬼か知らないが、無數の眞蒼な小鬼共が白金の光耀粲爛たる中で亂舞したら、或ひは此の海と空の華麗さを呈するかも知れないと、そんなとりとめない事を考へてゐた。
 暫くして、餘りの眩《まばゆ》さに海から眼を外らして前を見ると、つい先刻まで私と話してゐた若い警官は、布製の寢椅子に凭つたまゝ、既に快《こころよ》げな寢息《ねいき》を立ててゐた。

 午《ひる》近く、船は珊瑚礁の罅隙の水道を通つて灣に入つた。S島だ
前へ 次へ
全80ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング