コの村長たる島民の家だ。
 私の食事の世話をして呉れる日本語の巧い島民女マダレイに、先刻の家の女のことを聞いて見た。(勿論、私の經驗をみんな話した譯ではない。)マダレイは、黒い顏に眞白な齒を見せて笑ひながら、「ああ、あのベツピンサン」と言つた。そして、付加へて言ふことに、「あの人、男の人、好き。内地の男の人なら誰でも好き。」
 先刻の自分の醜態を思出して、私は又苦笑した。

 濕つた空氣のそよ[#「そよ」に傍点]とも動かぬ部屋の中で、板の間の呉蓙の上に疲れた身體をぐつたりと横たへ、私は晝寢の眠りに入つた。
 三十分程も經《た》つたらうか。突然、冷たい感觸が私を目醒めさせる。風が出たのか? 起上つて窓から外を見ると、近くのパンの木の葉といふ葉が殘らず白い裏を見せて翻つてゐる。有難いなと思つて、急に眞黒になつた空を見上げてゐる中に、猛烈なスコールがやつて來た。屋根を叩き、敷石を叩き、椰子の葉を叩き、夾竹桃の花を叩き落して、すさまじい音を立てながら、雨は大地を洗ふ。人も獸も草木もやつと[#「やつと」に傍点]蘇つた。遠くから新しい土の香が匂つて來る。太い白い雨脚を見ながら、私は、昔の支那人の使
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