樣な本式の賑かなのではなく、餘り慣れない手が獨りでポツン/\と爪彈《つまびき》してゐたやうな音だつた)此處は沖繩縣人ばかりの爲の――從つて、芝居は凡て琉球の言葉で演ぜられる――劇場である。私は、何といふことなしに、小屋の中へはひつて見た。相當な入りだ。出しものは二つ。初めのは標準語で演ぜられたので、筋は良く判つたが、極めて愚劣なくすぐり[#「くすぐり」に傍点]。第二番目の、「史劇北山風雲録」といふのになると、今度は言葉がさつぱり[#「さつぱり」に傍点]分らない。私にはつきり聽き取れたのは「タシカニ」(此の言葉が一番確實に聞き分けられた。)「昔カラコノカタ」「ヤマミチ」「トリシマリ」等の數語に過ぎぬ。曾てパラオ本島を十日ばかり徒歩旅行した時、途を聞く相手が皆沖繩縣出の農家の人ばかりで、全然言葉が通じないで閉口したことを憶ひ出した。
芝居小舍を出てから、わざ/\※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り道をして、チャモロ家屋の多い海岸通りを歩いて歸つた。この路も亦白い。殆ど霜が下りたやうに。微風。月光。石造のチャモロの家の前に印度素馨が白々と香り、其の蔭に、ゆつたりと牛が一匹|臥《ね》てゐる。牛の傍にいや[#「いや」に傍点]に大きな犬が寢てゐるなと思つて、よく/\見たら山羊であつた。
底本:「中島敦全集第一卷」筑摩書房
1976(昭和51)年3月15日初版発行
※ 片仮名のルビ「トロッツデム」、「ヴェイル」、「カボック」には、小書きを用いました。
入力:門田裕志
校正:多羅尾伴内
2004年9月26日作成
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