ヘ又、目も醒めるばかり鮮やかな色彩の世界を背景にした南海の捕りものである。私は餘程嬉しさうな顏をして眺めてゐたに違ひない。「面白いですなあ!」と聲を掛けられて氣が付くと、何時の間にか隣に船長が(どういふ譯か、此の船長は何時見ても多少の酒氣を帶びてゐないことはない)來てゐたのである。彼も亦のんびりとパイプの煙をふかしながら、映畫でも見るやうに樂しげに海の活劇を見下してゐた。巧くナポレオンが濱に泳ぎ着いて、さて島内の森の中へでも逃げおほせて呉れればいいと、どうやらそんな事を考へてゐたらしい自分に氣が付いて、私は苦笑した。
だが、結果は案外あつけ[#「あつけ」に傍点]なかつた。結局、汀から二十間ばかりの・丈の立つ所迄來た時、ナポレオンは追ひ付かれた。竝よりも身體の小さい少年一人と、堂々たる體格の青年二人とでは、結果は問ふ迄もない。少年は二人に兩腕を取られて引立てられ、濱に上つた迄は見えたが、島の連中が忽ち取卷いて了つたので、あとは良く見えなくなつた。
警官は酷く機嫌を惡くしてゐた。
三十分後、殊勳の二水夫に押へられたナポレオンが再び島のカヌーで船に連れ戻された時、眞先に彼は手酷い平手打を三つ四つ續けざまに喰はせられた。さて、それから今度は(先刻は繩をつけなかつたのだ)兩手兩足を船の麻繩で縛り上げられた上、隅つこの・島民船員の食料が詰め込んであるらしい椰子バスケットと飮用の皮剥若椰子との間にころがされた。
「畜生。餘計な世話を燒かせやがる!」と警官は、それでも漸く安堵したやうに、さう言つた。
翌日も完全な上天氣であつた。一日陸を見ずに、船は南へ走つた。
漸く夕方近くなつて、無人島H礁の環礁の中に入つた。無人島に船を寄せるのは、萬一漂流者がありはせぬかを調べる爲だらうと私は思つた。何處かの命令航路の規約にそんな事が書いてあつたのを憶えてゐたからである。所が實際は、そんな甘い人道的な考へ方からではなかつた。此處での高瀬貝採取權を獨占してゐる南洋貿易會社からの頼みで、密漁者を取締るのが目的なのだといふ。
甲板の上から見ると、夥しい海鳥の群が此の低い珊瑚礁島を蔽うてゐる。船員の二三に誘はれ上陸して見て、更に驚いた。岩の陰も木の上も砂の上も、たゞ一面の鳥、鳥、鳥、それから鳥の卵と鳥の糞とである。さうして、其等無數の鳥共は我々が近寄つても逃げようとはしない。捕へようとする
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