りに習慣や環境やが行動してゐるのだ。之に、遺傳とか、人類といふ生物の一般的習性とかいふことを考へると、俺といふ特殊なものはなくなつて了ひさうだ。之は云ふ迄もないことなのだが、しかし普通沒我的に行動する場合、こんな事を意識してゐる者は無い。所が私のやうに、全力を傾注する仕事を有《も》たない人間には、この事が何時も意識されて仕方がない。しまひには何が何やら解らなくなつて來る。

 俺といふものは、俺を組立てゝゐる物質的な要素(諸道具立)と、それをあやつるあるもの[#「あるもの」に傍点]とで出來上つてゐる器械人形のやうに考へられて仕方がない。この間、欠伸をしかけて、ふと、この動作も、俺のあやつり[#「あやつり」に傍点]手の操作のやうに感じ、ギヨツとして伸ばしかけた手を下《おろ》した。
 一月《ひとつき》程前、自分の體内の諸器關の一つ一つに就いて、(身體模型圖や動物解剖の時のことなどを思ひ浮かべながら)その所在のあたりを押して見ては、其の大きさ、形、色、濕り工合、柔かさ、などを、目をつぶつて想像して見た。以前だつて斯ういふ經驗が無いわけではなかつたが、それは併し、いはゞ、内臟一般、胃一般、腸一
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