昨夜就寢する頃から少し胸苦しかつたが、夜半果して例の發作に襲はれて、起上る。アドレナリン一本をうち、朝迄床上に坐つてゐる。呼吸困難は稍※[#二の字点、1−2−22]をさまつたが、頭痛甚だし。朝になつて未だ不安なので、エフェドリン八錠服用。朝食は攝らず。息苦しきため横臥する能はず。終日椅子に掛け机に凭り、カメレオンの籠を前に、頬杖をついて眺める。
カメレオンも元氣なし。鳥の止り木にとまり、小さな眼孔からぢつと[#「ぢつと」に傍点]こちらを見てゐる。動かず。瞑想者の風あり。尾の捲き方が面白い。木をつかんでゐるゆび[#「ゆび」に傍点]は、前三本、後二本。體色は餘り變化しないやうだ。全く異つた環境に連れ込まれたために、之に應ずる色素の準備がないのか?
眺めてゐるうちに、ものが段々と、sub specie chameleonis に見えて來さうだ。人間としては常識として通つてゐることが、一つ一つ不可思議な疑はしいことに思はれて來る。頭痛は依然止まず。おほむね鈍痛だが、時にヅキヅキと劇しくなる。
頭痛の合間にきれ/″\にうかぶ斷想。
俺といふものは、俺が考へてゐる程、俺ではない。俺の代
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