頓の緒《ちょ》に就かんとせし所に、図《はか》らずも妻《さい》登山し来《きた》りたり、それより飲料に供すべき氷雪の収拾、室内の掃除、防寒具の調製、その他|炊事《すいじ》一切《いっさい》の事を同人に一任し、予は専《もっぱ》ら観測に従事し、やや骨を休むることを得て、先《ま》ずこれまでの造化の試験を恙《つつが》なく、及第することを得たりしなり。
然るに造化は更らに鋭利なる武器を以て、短刀直入し来りたり、そは他にあらず、寒気と強風これなり、寒気は日々厳烈を加え、風力また強大になり、岩角に触れて怒号する音|轟々《ごうごう》として、一月中僅かに二、三日を除くの外《ほか》昼夜止むことなし、従《したがっ》て飲料に充《あ》つべき氷雪の収拾等の外出容易ならず、加うるに門口《かどぐち》の戸氷結して、容易《たやす》く開くこと能わず、折節十月三十日頃なりしかと覚ゆ、彼《か》の有名なる報効義会員二人にて、剛力を伴《ともな》い、郡司氏《ぐんじし》の厚意を齎《もた》らし来訪せられし時の如き、前日は風力猛烈なりしため、八合目より一旦《いったん》七合に引返したりといえり、二人は山頂の光景を見て、如何《いか》に感じけん、予に向いて、焉《いずく》んぞこれ千島《ちしま》の比《たぐ》いならんや、君《きみ》は如何にして越年を遂げんとするか、前途憂慮に堪えずと曰《い》われたり、十月末の光景を見て、既にこの言あり、進んで十二月に入りては、実に平地に在《あ》りて想像の及ばざるものあり、かくの如き有様なるを以て、重要の外は外出を為《な》さずこれかえって健康を害するの恐れあればなり、(外出の難《かた》かるべきは予期せる所なりしを以て、運動に供せんため自ら室内|操櫓器《そうろき》と名《なづ》くる者を携え行きたりしが室内狭くしてしばしばこれを用ゆること能わざりし)故に僅かに狭少なる※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]《まど》によりて下界を瞰下《みおろ》し、常に山頂の風力の強暴なるに似ず、日光の朗《ほが》らかなるを見て、時として妻《さい》などはもし空気が目に見ゆるものならば、この烈《はげ》しき風を世人《せじん》に見せたし、下界の人は山頂も均しく長閑《のどか》ならんと思うなるべし、彼《か》の三保の松原に羽衣《はごろも》を落して飛行《ひぎょう》の術を失いし天人《てんにん》は、空行く雁《かり》を見て天上を羨《うら
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