だいく》石工《せきこう》人夫《にんぷ》ら二十余名が手を空《むな》しくして徒食せるにもかかわらず、予約の賃金は払わざるべからず、しかもその風雨は何時《いつ》晴るべき見極《みきわ》めも付かず、あるいは日光のために、眩暈《めまい》と激烈なる頭痛とに悩まされて、石工らの倒るるあり、また程《ほど》なく落成せんと楽《たのし》める前日に、暴風雨の襲来に遇《あ》い、数十日の日子《にっし》と労力とを費して搬《はこ》び上《あ》げたる木材を噴火坑内に吹き飛ばされ、剰《あまつ》さえ人夫らの中《うち》に、寒気と風雨とに恐れ、ために物議を生じて、四面|朦朧《もうろう》咫尺《しせき》を弁《べん》ぜざるに乗じて、何時《いつ》の間《ま》にか下山せしものありたるため、翌日落成すべき建築もなお竣工《しゅんこう》を告《つ》ぐる能《あた》わざる等《とう》、故障続出して、心痛常に絶ゆることなかりし、かかる有様《ありさま》なれば残余の人夫に対しては、あるいは呵責《かせき》し、あるいは慰撫《いぶ》し、随《したがっ》て勢い賃金を増すにあらざれば、同盟罷工《どうめいひこう》を為《な》し兼《か》ねまじき有様《ありさま》に至りたるが如《ごと》き、かかる場合に於て、予も幾分《いくぶん》か頭痛を感ずることあるも、何ともなきを仮粧《かそう》したり、また土用中なるにもかかわらず寒気|凜冽《りんれつ》にして、歯の根も合わぬほどなるも、風雨の中を縦横奔走して、指揮監督し、或《あ》る時は自ら鍬《くわ》を揮《ふる》い、または自ら衣《い》を剥《ぬい》で人夫に与え、力《つと》めて平気の顔色《がんしょく》を粧い居《い》たりしも、予も均《ひと》しく人間なれば、その実|甚《はなは》だ難義なりしなり、特に最終の登山前は、気象台との打合せ、または東京より廻送すべき荷物(東京に於て特に注意して搗《つ》かしめたる白米または家財等)さては祖父の墓参を為《な》すなど、およそ一週日ばかりは、殆んど昼夜忙殺の有様なりし、さていよいよ最後の荷物を負いたる十数名の剛力《ごうりき》、及び有志者と共に、強風を冒《おか》して登るや、その夜《よ》九時観測所に着し、まもなく夜半十二時、即ち十月一日より隔時観測を始めたり、折節《おりふし》天候不穏の兆《ちょう》ありしを以て、翌日剛力ら一同を下山せしめしため、予はいよいよ俊寛も宜《よろ》しくという境遇となり、全く孤独の身となれり、
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