影はすばやく私のそばを通って、闇のなかに見えなくなった。人間の皮を被ったものなら、あんないい子を殺すわけがない。あいつ[#「あいつ」に傍点]が殺したのだ! 私はそれを疑うことができなかった。こういう考え方があるということだけでも、事実だということの争うべからざる証拠だった。私は悪魔を追いかけようとしたが、それはむだだった。というのは、つぎの閃光に照らされたのを見ると、そいつは、南でプレンパレーと境するサレーヴ山という丘陵のほとんど垂直に聳える岩のあいだに、ぶらさがっていたからだ。そいつはまもなく項上に達して見えなくなった。
 私はそこにじっとしていた。雷は止んだが、雨はまだ降りつづけ、あたりは見通しのきかぬ闇にとざされた。
 その時まで忘れようと考えていた出来事が、つぎつぎと心に浮んだ。すなわち、生きものをつくるまでの自分の進歩の全系列、自分の手でつくったものが私のそばに現われたこと、それが立ち去ったことなどが。あいつがはじめて生を享けてからも二年近く経っているが、それがあいつの最初の犯罪だったのであろうか。ああ、私は、虐殺や惨劇を喜びとする邪悪なやつを、世の中に野放しにしてしまったの
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