が赤ん坊のにこにこするのや、もっと大きい子の勢よく跳びまわるのに、どれほど目を細くして悦ぶかということ、母親の生活と心づかいがすべて大事な子どもたちにどれほど注がれるかということ、若者の心がどんなふうに伸びひろがって知識を獲得するかということなどを聞き、一人の人間を他の人間に相互に結びつける兄弟、姉妹、その他さまざまの親縁関係のことを聞いた。
「しかし、わたしの友や親戚はどこにいる? わたしの赤ん坊のころを見守ってくれた父も、笑顔と心づかいをもって祝福してくれた母もないのだ。もし、あったとしても、わたしの過去の生活はすべて、今ではひとつの汚点、目の見えぬ空白であって、自分には何ひとつわからなかった。物心がついでからこのかた、わたしの身の丈もつりあいも今のままだった。いまだかつて、自分に似た者、自分とつきあいたいという者に、出会ったためしがなかった。自分はいったい何なのだろう? この疑問がまたまた首をもたげてきたが、それに対する答えはただ唸ることだけだった。
「こういう感情がどう傾いたかは、まもなく説明することにするが、ここでは母家の人たちに話を戻すことにしょう。この人たちの話を聞いて、憤り、歓び、驚きなどいろいろの感情が、起ったが、しかしそれは、このわたしの保護者たち(わたしは、無邪気な、半分は苦しい自己偽瞞から、この人たちをそう称するのを好んだので)に対する愛情と尊敬をいや増すだけのことであった。


     14[#「14」に傍点] 家の人たちの身の上


 この人たちの身の上ばなしを知ったのは、しばらく経ってからのことだった。それは、わたしの心に深い感銘を与えずにおかない話で、数々の事情をさながらにくりひろげたが、わたしのような、まったくの世間知らずには、どれもこれもおもしろく、びっくりするようなことてあった。
「老人の名は、ド・ラセーといった。フランスの名門の出で、多年その国で裕福に暮らし、目上の者には尊敬され、同輩には愛された。息子は国務に服するように教育され、アガータは最上流の貴婦人と同列にあった。わたしがここに着く数箇月前までは、この人たちはパリと呼ぶ豪奢な大都会に住んでいて、友人たちに取り巻かれ、相当の資産をもち、美徳や洗煉された知力や趣味などをもってあらゆる歓楽を味わっていたのだ。
「サフィーの父親が、この人たちの破滅の原因であった。この父親というのは、トルコの商人で、永年パリに住んでいたが、わたしの知らない何かの理由で、そのとき政府の忌憚に触れ、サフィーがコンスタンチノープルから来て、父親のもとに到着したちょうどその日に、逮捕されて牢獄にぶちこまれ、裁判を受けて、死刑を宣告された。この宣告の正しくないことはまぎれもなかったので、パリじゅうが憤激し、でっちあげられた犯罪というよりもこの人の宗教と富が、この断罪の原因であると判断された。
「フェリクスはたまたまこの裁判を聴いていたが、法廷の決定を耳にすると、恐怖と憤激を抑えることができなかった。そして、その瞬間、この人を救おうと厳粛な誓いを立て、それからその手段を求めていろいろ考えをめぐらした。監獄に入れてもらうために手を尽してみてうまくいかなかったが、そのあとで、厳重に格子をはめた窓のところに、この建物の隙を見つけた。それはこの不運なマホメット教徒の入っている地下牢の明りとりであった。この不運な男は、そこで鎖でつながれ、絶望したまま無残な刑の執行を待っているのだった。フェリクスは夜、その鉄格子のところに来て、自分が助けでやるつもりだということを知らせた。このトルコ人は、驚き、かつ喜び、莫大な報酬をさしあげると約束して、自分を救い出そうとする者の熱心さを煽り立てようとした。フェリクスはこの申し出を軽蔑して斥けたが、そのとき、父親のところに来るのを許された美しいサフィーが、身ぶりでもって感謝の念を強く表わしたのを見て、若いフェリクスは、この囚人は自分のほねおりと危険に十分に報いるだけの宝をもっていると、心中ひそかに思わないわけにいかなかった。
「トルコ人は、自分の娘がフェリクスの心に与えた印象にいち早く気づいて、自分がすぐ安全な場所に伴れていかれたら、娘と結婚していただいてもよろしいと約束して、フェリクスの心をもっと確実につかもうとした。フェリクスは潔癖だったので、この申し出を受けなかったが、それでも、自分の幸福が完成するのはこの出来事によってであるかもしれないという気がした。
「それから数日かかって、この商人の脱出の準備が進んでいるうちに、フェリクスの熱心さは、あの美しい娘から受け取った数通の手紙のために強められた。娘は、父の家僕でフランス語を解する老人の助けを得て、自分の考えを恋人の国のことばで表わす手段を見つけたのであった。娘は、たいへん熱のこもったことば
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