事ももうすっかり終ったから、やっと自由になったと考えたい。ほんとにそう願っているのだ。」
 私はひどく慄えた。前夜の出来事を考えることはもちろん、ましてそれとなく口にすることなどは、とうてい堪えられなかった。そこで急ぎ足になって、まもなくいっしょに大学に着いた。そこで、自分のアパートメントに残してきた生きたものがまだあそこに居て、生きて歩きまわるだろうと考えると、がたがた慄えが来た。私はこの怪物を見るのが怖かったが、それにもましてアンリにそれを見られるのが怖かった。だから、アンリにしばらく階段の下で待ってほしいと頼んでおいて、自分の部屋に駆けあがった。気をおちつけないうちに、手が錠前にかかっていた。私は、子どもが扉のむこう側にお化けが立って待ちぶせていると考えたときにきまってやるように、扉をむりやりにパッとあけたが、そこには何も見えなかった。こわごわ中に入ってみたが、部屋のなかはからっぽで、見るも怖ろしいお客さんは寝室にもおいでにならなかった。これほど大きなしあわせが私をみまってくれたとは、なかなか信じられなかったが、敵がほんとに退散したのを確かめたので、嬉しくなって手ばたきし、クレルヴァルのところへ駆け降りた。
 二人が部屋に上って行くと、召使がさっそく朝食を持ってきたが、私は自分を抑えることができなかった。私を捉えたのは歓びだけでなく、知覚が張りきって肉をひりひりさせ、脈搏が早く打つのを感じた。私は一瞬間も同じ場所にじっとしておることができず、椅子を跳び越えたり、手をたたいたり、大声で笑ったりした。クレルヴァルは、初めのうちは、こんなに異常に元気なのは、自分がやって来たせいだと考えたが、もっと気をつけて観ているうちに、私の眼のなかにわけのわからぬ荒々しさを見た。私の大きな、手ばなしの、気の抜けた笑い声も、クレルヴァルをこわがらせ、びっくりさせた。
「ねえヴィクトル、いったいぜんたい、どうしたんだ。そんな笑いかたはおよしよ。どうも体のぐあいがわるそうだね! 何が原因でそうなったの?」
「何も訊かないで――」あの怖ろしい化けものが部屋に滑りこむのを見たような気がして、両手で眼を覆いながら私は叫んだ。「あいつ[#「あいつ」に傍点]に訊けやわかるよ。――おお、助けて! 助けて!」私は、怪物が自分をつかまえたと思いこみ、荒れ狂ってもがき、発作を起して倒れてしまった。
 き
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