養育を託された。そのころはこの人たちも、もっと良いくらしをしていたのだ。この人たちは結婚してからまだ日が浅く、いちばん上の子が生れたばかりのところだった。預けられた子の父親は、イタリアの古代の栄光の記憶のなかで育てられたイタリア人――祖国の自由を獲得するために尽力した愛国の士の一人であった。この父親は、国が弱かったばかりにその犠牲になった。死んでしまったのか、それともまだオウストリアの牢獄にむなしく生きながらえているのかは、わからなかった。財産は没収され、子どもは天涯の孤児となつた。その子がずっと今まで養父母のもとにいたわけで、葉の黒ずんだ茨《いばら》のあいだにある花園の薔薇よりも美しく、このあばら屋のなかに花咲いているのだった。父が、ミラノから帰って来たとき、絵にかいた小天使よりも美しい子が、私たちの住んでいる別荘の広間で私と遊んでいるのを眼にした。それは、顔から光を発しているかとおもわれるような子で、その容姿や動作が山の羚羊《カモシカ》よりも軽やかだった。その子の現われたわけを、父はすぐ聞かされた。父の許しを得て母は、保護者である百姓夫妻を説き伏せて、その子を自分のところに引き取った。百姓夫妻はそのかわいらしいみなし児が好きだった。その子の居ることが、この人たちにはしあわせとおもわれていたが、神さまがこういう有力な保護者を与えてくださったのに、貧乏と窮乏のなかにこの子をとどめておくのは、よくないことだ、と考えなおした。そこで、村の牧師に相談して、その結果、エリザベート・ラヴェンザは、私の親の家の寄寓者――私の妹以上のもの――、あらゆる私の仕事、私の喜びの、美しくて慕わしい伴侶となった。
誰でもエリザベートを愛した。みんな、熱情的な、ほとんど尊敬に近い愛着でもってエリザベートを見たが、自分も同じ眼でそれを見ると、誇りと喜びとを感じた。エリザベートが家へ件れて来られる前の晩に、母が私に冗談を言った、――「ヴィクトルにあげるきれいな贈りものがあるの。――明日になったらあげますよ。」そして翌日になって、母が約束の贈りものとしでエリザベートを私に会わせたとき、私は、子どもらしくまじめに、母のことばを文字どおりに解釈し、エリザベートを私のもの――自分が護り、愛し、かつ大事にすべき私のものと考えた。エリザベートに与えられるあらゆる賞讃を、自分の持ちものに与えられた賞讃として
前へ
次へ
全197ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宍戸 儀一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング