てあるやさしい家庭的な習慣は、自己以外のものを目的とする高潔な情操や感情と結びつき、家の人たちのあいだで得たわたしの経験や、自分の胸のなかにたえず生きていた欲求とも、よく一致していた。しかし、ヴェルテルそのものは、かつて見たり想像したりしたよりずっとすばらしい人間で、その性格はなんらの衒《てら》いもなく深く沈潜している、と考えられた。死と自殺についての考察は、わたしをすっかり驚嘆させた。わたしはこの立場のよしあしに立ち入るつもりはないが、それでもわたしは、主人公の意見のほうに傾き、何ゆえかはっきりはわからなかったが、その死に涙した。
「けれども、書物を読みながらわたしは、自分の感情や境遇に、個人的にいろいろ当てはめてみた。すろと、それについて読みもしその会話を聞きもした人々と、自分が似てはいるが、同時に妙に違ってもいることがわかった。わたしは、その人々と同感したし、かなり理解もしたが、わたしは精神的にできあがっておらず、頼るものとてもなく、縁つづきの者もなかった。『生きようが死のうが勝手だった』し、死んでも誰ひとり歎いてはくれなかった。わたしの体は醜悪だったし、背丈は巨大だった。これはいったい、どういうことだ? わたしは何者だ? どこから来たのだ? 行き先はどこだろう? こういった疑問がしじゅう起きてきたが、それを解くことはできなかった。
「わたしのもっていた『プルタルコス人物伝』には、古代のいろいろな共和国の最初の建国者の物語があった。この書物は、『ヴェルテルの悲しみ』とはずいぶん違った影響をわたしに与えた。ヴェルテルの想像からは、失意と憂愁を学んだが、プルタルコスは高い思想を教え、ふりかえって見る自分のみじめな境遇からわたしを高めて、古い時代の英雄たちを崇拝させ敬愛させた。わたしの読んだ多くのことがらは、自分の理解や経験を超えていた。わたしは、王国、土地の広大なひろがり、大きな河、はてしのない海などについて、ひどく混乱した知識を得た。しかし、都会や人間のおおぜい集まっているところはまったく知らなかった。わたしの保護者たちの家が人間研究のたった一つの学校であったわけだが、プルタルコスのこの書物は、新しくてずっと大きな行動の場面をくりひろげてくれた。国事に携わって同族を統治したり虐殺したりする人間のことを、わたしは読んだ。自分の身に引きくらべてみたところでは、いわは
前へ 次へ
全197ページ中107ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宍戸 儀一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング