にその娘は死んでしまって、この国のことばがわからず、世間の風習などもてんでこころえないアラビアの婦人は、ひとりぼっちになった。けれども、さいわいに親切な人に出会った。というのは、イタリア人の娘が行き先の地名を言っておいたので、その娘が死んだ後で、二人が泊っていた家の婦人が、サフィーが無事に恋人のいる家に着くように世話をしてくれたのだ。
15[#「15」は縦中横] 怪物とド・ラセー老人
わたしの好きな家の人たちの経歴は、このようなものであった。それはわたしに深い印象を与えた。そのためにわかってきた社会生活のありさまから、わたしは、この人たちの美徳に感心し、人類の悪徳を非難することを学んだ。
「とはいうものの、わたしはまだ、犯罪などというものは、縁の遠い悪事だと考えていた。つまり、慈愛と寛大がたえずわたしの眼の前にあったので、多くの称讃すべき性質が求められ発揮される活舞台に、一役を買って出たいという願望を、わたしの心に呼びおこした。しかし、わたしの知力の進んだことをお話するには、同じ年の八月はじめに起ったひとつの出来事を省略するわけにいかない。
「ある夜、自分の食べものを集めたり家の人たちの薪を取ったりする近所の森に、いつものように出かけたさい、わたしは、衣類数点と数册の書物の入っている革の旅行鞄が、地面に落ちているのを見つけた。わたしは、いっしょうけんめいにその獲物をつかんで、小屋に戻った。書物はさいわい、小屋でその初歩を習いおぼえたことばで書かれてあったが、見るとそれは『失楽園』、『プルタルコス人物伝』の一巻、『ヴェルテルの悲しみ』であった。こういう宝物が手に入ったので、わたしは、このうえもなく喜び、家の人たちがいつもの仕事をしているあいだに、これらの書物についてたえず自分の心を磨きかつ働かせることにした。
「書物の影響をお話するのは、なかなか、できそうもない。それは、ときにはわたしを有頂天にする新しい想像力と感情を限りもなく心のなかに湧き立たせもしたが、失意のどん底に投げ込むことのはうが多かった。『ヴェルテルの悲しみ』のなかには、その単純で感動的な物語の興味のほかに、今までわたしにわからなかった事がらについて、いろいろ多くの意見が述べられ、多くの見方が示されてあったので、わたしはそのなかに、尽きることのない思索と驚異の源泉を見つけた。それに書い
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