が赤ん坊のにこにこするのや、もっと大きい子の勢よく跳びまわるのに、どれほど目を細くして悦ぶかということ、母親の生活と心づかいがすべて大事な子どもたちにどれほど注がれるかということ、若者の心がどんなふうに伸びひろがって知識を獲得するかということなどを聞き、一人の人間を他の人間に相互に結びつける兄弟、姉妹、その他さまざまの親縁関係のことを聞いた。
「しかし、わたしの友や親戚はどこにいる? わたしの赤ん坊のころを見守ってくれた父も、笑顔と心づかいをもって祝福してくれた母もないのだ。もし、あったとしても、わたしの過去の生活はすべて、今ではひとつの汚点、目の見えぬ空白であって、自分には何ひとつわからなかった。物心がついでからこのかた、わたしの身の丈もつりあいも今のままだった。いまだかつて、自分に似た者、自分とつきあいたいという者に、出会ったためしがなかった。自分はいったい何なのだろう? この疑問がまたまた首をもたげてきたが、それに対する答えはただ唸ることだけだった。
「こういう感情がどう傾いたかは、まもなく説明することにするが、ここでは母家の人たちに話を戻すことにしょう。この人たちの話を聞いて、憤り、歓び、驚きなどいろいろの感情が、起ったが、しかしそれは、このわたしの保護者たち(わたしは、無邪気な、半分は苦しい自己偽瞞から、この人たちをそう称するのを好んだので)に対する愛情と尊敬をいや増すだけのことであった。


     14[#「14」に傍点] 家の人たちの身の上


 この人たちの身の上ばなしを知ったのは、しばらく経ってからのことだった。それは、わたしの心に深い感銘を与えずにおかない話で、数々の事情をさながらにくりひろげたが、わたしのような、まったくの世間知らずには、どれもこれもおもしろく、びっくりするようなことてあった。
「老人の名は、ド・ラセーといった。フランスの名門の出で、多年その国で裕福に暮らし、目上の者には尊敬され、同輩には愛された。息子は国務に服するように教育され、アガータは最上流の貴婦人と同列にあった。わたしがここに着く数箇月前までは、この人たちはパリと呼ぶ豪奢な大都会に住んでいて、友人たちに取り巻かれ、相当の資産をもち、美徳や洗煉された知力や趣味などをもってあらゆる歓楽を味わっていたのだ。
「サフィーの父親が、この人たちの破滅の原因であった。この父親とい
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