頼漢や奴隷と考えられ、自分の力を選ばれたごく少数の者の利益のために浪費する運命にあるのだ! ところで、わたしは何者だろう。自分の造られたことと造りぬしのことについては、まったく何も知らなかったが、自分が金もなく、友だちもなく、財産らしいものもないことは知っていた。のみならず、おそろしく畸形な嫌らしい姿を与えられていて、人間と同じ性質のものでさえもなかった。わたしは人間よりもっとすばしこかったし、もっと粗末な食べものでも生きていけた。極度の暑さ寒さも、わたしのからだにはあまりこたえなかったし、わたしの背丈は人間よりずっと高かった。あたりを見まわしても、自分と同じような者は見たことも聞いたこともなかった。それならわたしは、人間がみな自分から逃げ出し自分を寄せつけないような、ひとつの怪物、地上の汚点なのであろうか。
「こういった反省がわたしに与えた苦悩は、お話のしようもなく、それを払いのけようとしたが、知識が深まるにつれて悲しみは増すばかりであった。ああ、最初の土地の森にいつまでも居たら、飢え、渇き、寒暑の感覚以上のことを知りも感じもしなかったのに!
「ものを知るということは、なんとおかしな性質のものだろう! それは、ひとたび心を捉えたとすれは、岩についた苔のように心に纏いついてくる。わたしはときどき、あらゆる思想と感情を払いのけようとおもったが、苦痛の感じに打ち克つには、たった一つの手段しかない――それは死である、ということを知ったが、わたしの恐れたこの死というものがどんなものかは、まだわからなかった。美徳や善良な感情というものには感心し、この家の人たちのやさしい態度や人好きのする性質を好みはしたものの、ただわたしは、この人たちとの交際から閉め出されていて、人目をはばかって誰も知らないうちにこっそりと何かをしてやるのが関の山だったが、そのことに、この連中の仲間になりたいという願望を満足させずに、かえってそれを募らせるのだ。アガータのやさしいことばも、魅惑的なアラビアの婦人のいきいきとした笑顔も、わたしに向けたものではなかった。老人の柔和な訓えも、愛すべきフェリクスの溌剌とした話も、わたしに向けたものではなかった。みじめな、不しあわせなやつ!
「それよりももっと深く、心に刻みつけられた教訓が、ほかにあった。わたしは、両性の違いのあること、子どもが生れて大きくなること、父親
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