ん驚いたことは、あとになってわかった、このばあい、天使[#「天使」に傍点]、すばらしい[#「すばらしい」に傍点]、といようなことばが出るのを、一、二度耳にしたが、当時はまだ、そういったことばの意味がわからなかった。
「わたしの考えは、今や、いよいよ活溌になり、この愛すべき人たちの動機や感情を見つけたくてたまらず、なぜにフェリクスがあんなふうにみじめに見え、アガータがあれほど哀しげに見えるのかを、なんとかして知りたかった。わたしの力で、この人たちに、当然の幸福を取りかえしてやれるかもしれない、と、わたしは考えた(ばかなやつだ!)。眠っているか、そこに居あわさない時でも、尊敬すべき盲の父親や、気だてのやさしいアガータや、りっぱなフェリクスの姿が、わたしの眼の前にちらつくのだった。わたしはこの人たちを、自分の未来の運命を定めてくれる人たちだと見なし、この人たちの前に出て、迎えてもらう姿を、あれこれといろいろに想像した。嫌われるかもしれないが、自分のおとなしい態度と穏かなことばで、おしまいにはまずこの人たちに好意をもたれ、それからさらに愛されるだろうと想像したのだ。
「そう考えると励みが出て、ふたたび新しい熱心さをもって、ものを喋る術を身につける勉強をした。わたしの発音器官はなるほど粗っぽかったが、しなやかだったので、家の人たちの語調のやわらかな音楽とは似てもつかないものではあったにしろ、自分のわかるようなことばを、それほどぎこちなくもなく発音した。それは驢馬や狆《ちん》に似てはいたが、それにしても、べつに他意のないおとなしい驢馬ならばたしかに、その態度がぶざまだったところで、殴られたり憎まれたりするよりはまだましな待遇を受けるはずだ。
「春の気もちのよい驟雨と温和な暖かさで、大地の相貌は大いに変った。この変化が起るまでは洞穴に隠れていたように見える人々は、それぞれに散らばって、耕作のいろいろな仕事に従事した。鳥たちがいっそう快活なしらべで歌い、木の葉が芽を出しはじめた。幸福な、幸福な大地よ! つい先ごろまで荒涼として湿っぽく、健康に悪かったのに、今では神々の住まいにもふさわしい。自然の魅惑的な姿に接して、わたしも元気になった。過去はわたしの記憶から消え去り、現在は平穏無事になって、未来は希望の輝かしい光線と歓びの期待とで、黄金の色に輝いた。


     13[#「13」
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