いえ、全心を捧げて努力しても、会話だってろくすっぽわかりっこはなかった。わたしは、家の人たちの前に姿をあらわしたくてしかたがなかったけれども、ことばをまずおぼえこまないうちは、そんなことをしてはいけない、それさえわかれば、この人たちも、わたしの畸形を、見のがしてくれるだろう、ということが、すぐわかった。というのは、わたしの眼にひっきりなしに見せつけられる対照も、わたしにこのことを教えてくれたからだ。
「わたしは、この人たちの申し分のない姿――その愛嬌と美しさと品のよい顔色を讃歎したが、自分を澄んだ池の水に映してみたとき、どんなに慄いあがったことだろう! はじめのうちはその水鏡に映ったものがほんとうにわたしであるとは信じかねてたじたじとなり、自分が実際にそういう怪物であることをよくよく確めると、激しい落胆と無念の感にみたされた。ああ! けれども、わたしにはまだ、こういうみじめな畸形の致命的な効果がとことんまでわかったわけではなかった。
「陽の光が暖かくなり、日が長くなると、雪が消え、裸の木と黒土が見えた。このころからフェリクスは、仕事で忙しくなり、同情の念をそそらずにいられないようなさし迫った飢餓の徴候はなくなった。あとでわかったことだが、食べものは粗末ではあったが、健康にはよかったし、足りなくなるようなことはなかった。いくつか新しい種類の植物が菜園に芽ばえると、それを調理した。こういう安楽のしるしは、季節が深まるにつれて日ごとにふえていった。
「老人は、雨が降らないときは、毎日、正午に、息子によりかかって散歩した。天から水が降りそそぐとき、それが雨と呼ばれることは、わたしにもわかった。雨はたびたび降ったが、強い風がたちまち地面を乾かし、季節はますます快適になってきた。
「小屋のなかでのわたしの暮らしぶりは、変りがなかった。朝のうちは家の人たちの動静に注目し、みんながそれぞれにいろいろな仕事に就くと、わたしは眠り、それから後はまた、家の人たちを観察して過ごした。みんなが寝床に引っこんでしまうと、月が出ているか、星明りがあるかすれば、森へ入りこんで、自分の食べものと家へ持って帰る燃料を集めた。戻ってくると、その必要があるたびに、道路の雪を払ったり、フェリクスがやるのを見ておぼえた仕事をしたりした。眼に見えない手がやってくれたそういうほねおり仕事を見て、この人たちがたいへ
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