そこで人々は、価値があって交換せられる物でありながら、労働によって成立していない物を示し、あるいはまた、労働以外に社会的富を構成する物があることを示して、スミスのこの理論を拒否しようとする。だがこの論駁も合理的ではない。労働のみが社会的富を構成するかまたは労働は社会的富の一種を構成するに過ぎないかは、私共には余り関係のない問題である。それらのいずれの場合にも、何故《なにゆえ》に労働には価値があり、また何故《なにゆえ》に労働は交換せられるのであるか。ここに私共の関する問題があるのであるが、スミスはこの問題を提出もしなければ、解決もしなかった。ところで労働が価値あり、交換せられるものであるとしたら、それは、労働が利用をもちかつ量において限られているからである、すなわち労働が稀少であるからである(第一〇一節)。故に価値は稀少性から来るものであり、稀少なすべての物は労働を含むと否とにかかわらず、労働のように価値をもち、交換せられる。だから価値の原因を労働であるとする理論は、余りに狭隘であるというよりは、全く内容の無い理論であり、不正確な断定であるというよりは、むしろ根拠のない断定である。
 一
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