の物が利用のない無益のものであるとしたら、充された最後の欲望というものはあり得ない。また物が利用曲線をもっていても、外延利用より大なる量において存在し、すなわち量において無限であるならば、充された最後の欲望の強度はあり得ない。だから、ここでいう稀少性は、先にいった稀少性に他ならない。そして、このことは、稀少性が評価し得られる大さと考えられ、また交換価値がそれに伴うのみでなく必然的にそれに比例することがあたかも重量が質量と比例する如くである場合にのみ、あり得るのである。ところで稀少性と交換価値とが、同時に存在し比例を保つ二つの現象であることがたしかだとしたら、たしかに稀少性は交換価値の原因である。
 交換価値は重量のように相対的[#「相対的」に傍点]事実であり、稀少性は質量のように絶対的[#「絶対的」に傍点]事実である。二商品(A)、(B)があり、その一方が無利用となり、または利用があっても量において無限となれば、それはもはや稀少ではなく、交換価値をもたない。この場合には、他方の商品も交換価値をもたなくなる。しかしこの商品は稀少でなくなりはしない。所有者である人々の各々において種々の程度
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