問題がある。それは、森林中に鹿がいたとき、または死んだとき、誰がこれを専有するかの問題である。問題となるのは、このように見られた専有の事実である。また人と人との関係を構成するものは、このように見られた専有の事実である。そしてこの問題に一歩を踏み入れれば、我々は直ちに次の事実を信ぜざるを得ない。――「一族中の若年の機敏な一人がいう。鹿は、これを殺した者が専有すべきである。諸君が呑気《のんき》であったため、またはよく見当を付けなかったために鹿を殺すことが出来なかったとしたら、諸君が悪いのだと。老いた無力な一人はいう、鹿は我々のすべてによって平等に分配せられねばならぬ。森林中に一匹の鹿しかいないとして、君が第一番にそれを発見した所で、その事は我々がこれを食わないでいなければならぬという理由にはならないと。」――直ちに解るようにこれは本質上道徳的事実であり、正義の問題であり、人々の使命の相互関係の問題である。
 三七 かようにして専有の形態は我々の決断に依存するのであり、採られた決断がよいか悪いかに従って、専有の形態はあるいはよいものとなり、あるいは悪いものとなる。よい形態であれば、人々の使命
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