。この活動は用役の市場においてなされる。もし労働の需要が供給より大であれば、他の企業者は靴屋の賃銀をせり上げる。この供給が需要より大であれば、他の労働者はせり下げる。しかしこのように二つの市場は、全く異っているとしても、互に相連絡していないわけではない。なぜなら消費者である地主・労働者・資本家が、生産物の市場において生産物を買い入れるのは、用役の市場において彼らの生産的用役を売って得た貨幣をもってであるからであり、企業者が用役の市場において生産的用役を買い入れるのは、生産物を売って得た貨幣をもってであるからである。
一八八 交換の均衡状態を陰伏的に含む所の生産の均衡状態は、今は、容易に定義し得られる。それはまず生産用役の有効需要と供給とが等しい状態であり、これらの用役の市場において静止的な市場価格が存在する状態である。またそれは生産物の有効需要と供給とが相等しい状態であり、生産物の市場において静止的市場価格が存在する状態である。更にまたそれは生産物の売価が生産的用役より成る生産費に等しい状態である。そしてこれらの状態のうち、最初の二つは交換の均衡に関するものであり、第三は生産の均衡に関するものである。
生産の均衡のこの状態は、交換の均衡の状態のように、理念的状態であって、現実の状態ではない。生産物の売価が生産用役から成る生産費に絶対的に等しいことはないであろう。それは生産用役または生産物の有効需要供給が絶対的に等しい事がないのと同様である。しかしその均衡は、交換に対してと同じように、生産に対して適用せられた自由競争の制度の下において、自ら落付くであろう所の状態であるという意味において、正常の状態である。自由競争の制度の下において、もしある企業のうちに生産物の売価が生産用役から成る生産費より大であれば、利益が生じ、企業者の出現を促し、または企業者はその生産を拡張し、その結果生産物の量は増加し、価格は下り、差益は減少する。そしてもしある企業において、生産用役から成る生産物の生産費が生産物の価格より小であれば、損失が生じ、企業者は減じ、または企業者はその生産を減少し、その結果生産物の量は減少し、価格は騰《あが》り、差損は減少する。しかし企業者が多数であることが生産の均衡を齎らすとしても、理論的にはこれのみがこの目的を達する唯一の方法ではなくして、生産用役をせり上げつつ需要し、生産物をせり下げつつ供給し、損失があれば常に生産を制限し、利益があれば常に生産を拡張する所のただ一人の企業者も同じ結果を与えることを、注意すべきである。また企業者によってなされる生産用役の需要と生産物の供給とを決定する理由が、損失を避け、利益をあげようとする欲望にあることを注意すべきである。それは先に述べたように、地主・労働者・資本家によってなされる生産用役の供給と生産物の需要とを決定する理由が欲望の最大満足を得ようとする欲望にあるのと同様である。また更に交換と生産との均衡状態においては、既に述べたように(第一七九節)、貨幣(価値尺度財を捨象出来ぬとしても、少くとも貨幣)を抽象することが出来、地主・労働者・資本家及び企業者は、地用・労働・利殖の名をもつ生産用役のある量と交換に、地代・賃銀・利子という名称の下に、生産物のある量受けまたは与える者であると、考え得ることを注意すべきである。この状態においては、企業者の介在をも捨象し、単に生産用役が生産物と交換せられ、生産物が生産用役と交換せられると考え得るのみでなく、また結局においては、生産用役と生産用役とが交換せられると考えることが出来る。かつてバスチアもまた分析をおしつめれば、人は用役と用役とを交換するものであるといったが、しかし彼はこれを人的用役についていっただけである。私は、土地の用役・人的用役・動産用役についても、かくいうのである。
だから生産の均衡状態においては、企業者は利益も得なければ損失も受けない。この場合には、企業者は企業者として存在するのではなくして、自己のまたは他人の企業のうちに、地主・労働者または資本家として存在するのである。故に私は思うに、合理的な会計をなそうとすれば、自ら耕作する土地の地主である企業者、自らの企業の経営に任ずる企業者、事業に投下した動産資本を所有する企業者は、一般的経費として、地代・賃銀・利子を借方に記入し、またこれらを企業者勘定の貸方に記入せねばならぬ。この方法をとれば、正確には、企業者として利益も損失も得られない。実際、もし企業者が、自分の企業において、自分の生産用役から、他の企業において得られるより高い価格を得られるとすれば、この企業者はその差だけの利益または損失を受けることとなるのは、明らかではないか。
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第十九章 企業者について。企業の
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