ナはない。だが何ものをも命ぜず、何ものをもすすめず、ただ観察し説明するに止まる科学にあっては、そうではない。科学はいかなる意味においても実践と衝突することが出来ない。」
一二 コックランは政策と科学とをかく区別した後、それら各々の職分と重要さとを指摘している。彼はいう、「科学的真理が一度よく認識せられ、導き出されたとき、人間の事業の経営に適用せられるべき規則を、これらから導き出そうとするのに対して、私共は不平でもなければ、またこの企《くわだて》を奇妙だとも思わない。科学的真理が何らの役にも立たぬのは、よいことではない。これらを利用する唯一の方法は、これらから政策を演繹することにある。既にいったように、科学と政策との間には密接な親族関係がある。科学は政策に光明を与え、政策の方法を正しからしめ、その行手を照し指示する。科学の援助が無ければ、政策は一歩ごとに躓《つまづ》きながら跚《よろめ》き歩むことしか出来ない。他方、科学が発見した真理を価値あらしめるものも政策であって、この政策が無ければ、科学の真理も無益である。また科学的研究の主な動機はほとんど常に政策である。人が、知るための興味のみで科学的研究をなすことは稀である。一般に人は、役立つという目的を研究に求めている。そしてこの目的を充《みた》し得るのは、政策によってのみである。」
一三 しかし彼は科学と政策との間に置くべき区別を同様に強く主張し、かつこの区別を明らかにするために最後の注意を与えているが、これもまた引用の価値がある。彼はいう、「科学と政策とはしばしば多数の接触点をもっているとしても、政策と科学の範囲と輪廓とが同一であるのには、よほど多くの接触点が無ければならぬと考えられるのであって、それほどに右に述べてきた区別が強調せられる。科学が提供する理論は種々の政策によって利用せられることがあり得る。広がりの関係の学問である幾何学は、測量師・技師・砲術家・航海家・建築家の仕事を照し指導する。化学は薬剤師・染物屋・多数の工業に援助を与えている。物理学が提供してくれた一般的理論を、種々の政策がいかに利用しつつあるかを誰が正確にいい得るであろうか。反対に政策は、多くの科学によって提供せられるべき理論から光明を得ることが出来る。ただ一つの例だけを引けば医学すなわち治療の技術は解剖学・生理学・化学・物理学・植物学の理論と結果を利用している。」
一四 最後にコックランは、科学と政策との区別がいかに経済学の定義とその内容の分け方に応用せられるのに適しかつ有益であるかを、人々に感知せしめようと努力し、次いで附言していう、「科学と政策との間に今から更に純粋な区別を設け、これらの各々に異る名称を与えるように努めるべきであるか、否。私には、この区別を明らかにするだけで足るのであり、それ以上のことは、この問題をよりよく知悉《ちしつ》した者によって、いつかなされるであろう。」
この遠慮は意外である。極めて正当な思想をもっているこの著者が、この思想を実行に移せば与えられるであろう所の愉快と名誉とを、かくも故《ことさ》らに捨てたのは、奇異である。だがそれにも増して奇妙なのは、著者が、何といおうと実際において、経済政策と経済学の区別をなし、経済学の真の目的を決定しようとしながら、それに成功しないで、政策の要素と科学の要素とを混同し、かつ私がセイについて批評しておいたそして彼の弟子らも脱《ぬ》け切れなかった自然主義的重農主義的見方(第七節)を経済社会についてもっていて、そのためにこの見方を消散せしめるどころか、かえって自ら指摘し非難した混同に陥っていることである。彼が「経済科学の目的をなすものは、富かそれとも富の根源である産業か」と問い、また、「経済学の研究の目的として、人々が人間の産業よりはむしろ富をとったのはいかなる理由から来ているか」を考え、また「この誤謬の結果」はいかなるものであるかを考え、更にまた経済科学は、結局、人間の自然史の一分科であるといっているとき、彼はまさしくこの混同をしているのである。最も綿密な注意を払いながらこのような迷路に入るのは不可能であるはずである。
一五 この結果は、科学と政策とを区別する思想さえも、一見見えるようには現在の事情に適するものでないことを信ぜしめる性質を真に帯びている。しかしながら実はこの区別は経済学には完全に適用せられる。そして科学である所の富の理論すなわち交換価値及び価値の理論のあること及び政策である所の富の生産論すなわち農業・工業・商業の理論のあることを信ずるには、学派に囚われることなくわずかに反省するところがあれば足りるのである。ただここで直ちにいっておかねばならぬが、この区別に基礎があるとしても、同時にこの区別は富の分配を度外する故に、不充分であ
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