エは彼の学派の軌道から離れようとして、真剣でかつ賞讃すべき努力をなしている。しかし二つの定義を接ぎ合して作った合金が、いかに奇妙で支離滅裂であるかを不思議にも彼は認めなかった。これは、経済学者に哲学がないことの好例であって、明快と正確とを主な特質とするフランス経済学者の精神の美点を打ち消してしまう。経済学はいかにして自然科学であり、同時に規範科学であり得るか。いかにしてかかる科学を考え得るか。一方においていかにして富が最も公正に分配せられねばならぬかを研究の目的とする科学が、他方においていかにして富が最も自然的に生産せられるかを研究の目的とする自然科学となり得るか。またこの自然科学は富を豊富に生産すべき技術にもならねばなるまい。要するにセイの定義もスミスのそれに帰するのであって、経済学の真の自然科学的性質は依然として明らかにせられていない。
 私はこれを明らかにしようと思う。必要ならば経済学を自然科学、規範科学、政策に分けよう。そしてそれがため、我々はまずあらかじめ、科学と政策と道徳との区別を明らかにせねばならない。
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    第二章 科学と政策と道徳との区別

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要目 一〇 政策は忠告し、命令し、指導する。科学は観察し、記述し、説明する。一一 科学と政策の区別と理論と実際の区別とは全く別である。一二 科学は政策に光を与える。政策は科学を利用する。一三 一つの科学によって与えられる理論は多くの政策に光を与え得る。一つの政策は多くの科学によって与えられる理論を利用することが出来る。一四、一五 区別は優れているが不充分である。一六 科学は事実の研究である。一七 第一の区別。自然力の働きをその起源とする自然的事実。人間の意志の作用にその起源をもつ人間的事実。自然的及び人間的事実は純粋科学(狭義の科学と歴史)の対象である。一八 第二の区別。産業上の人間的事実、すなわち人格と物との関係。道徳上の人間的事実、すなわち人格と人格との関係。一九 産業的事実は応用科学すなわち政策の対象である。道徳的事実は精神科学すなわち道徳学の対象である。二〇 真。利用。善はそれぞれ科学、政策、道徳の規準である。
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 一〇 既に幾年かを経過していることであるが、好著「信用及び銀行概論」(〔Traite' du cre'dit et des banques〕)の著者でまた「経済学辞典」(〔Dictionnaire d'e'conomie politique〕)の執筆者中最も活動的なかつ尊敬すべき人の一人であったシャール・コックラン(Charles Coquelin)は、この辞典のうち経済学(〔E'conomie politique〕)と題する項において、経済学の定義は未だに完成していないといった。この主張を助けるために彼は、私が既に述べたスミス、セイの定義やシスモンジ、ストルク(Storch)、ロッシ(Rossi)らの定義を示し、それらのいずれも他を排して採らねばならぬほど際立って優れていないと断言し、かつまたこれらの人は自分の著書において自分の定義に従っていないといっている。次に彼は、経済学を定義しようとする者はまずそれが科学であるか、または政策であるか、あるいはそれらの両者であるかを問うべきであり、ことに政策と科学との区別を明らかにすべきであると注意している。これはまことに明敏な注意である。この点について彼が述べている考察は目立って正しく、かつ問題は常に同じ点にあるのであるから、我々はそれを繰り返すほかはない。彼はいう、「政策は従われるべき命令または規則から成り立っている。科学は、ある現象または観察せられたまたは明らかにせられた関係の知識から成立する。政策は忠告を与え、命令し、指導する。科学は観察し記述し、説明する。天文学者が天体の運行を観察し記述するときには、科学を研究している。しかし一度この観察が終了すれば、天文学者は、航海に応用せられる規則を導き出すであろうが、この場合には政策を研究している……かように現実の現象を観察し記述する所に科学がある。命令を下し、規則を規定する所に政策がある。」
 一一 著者はなお註として一つの注意を与えているが、これは科学と政策との区別を完成したもので、ここに引用する価値がある。彼はいう、「我々が科学と政策との間に立てる真の区別は、人々が理論と実践との間になす区別とは何ら共通なものはない。政策の理論もあれば科学の理論もある。そして実践と矛盾することがあり得るであろうといい得るのは、政策の理論についてだけである。政策は規則を命令するが、しかしこれらの規則は一般的である。従ってこれらの命令は、たとい正しいものであっても、ある特別な場合に実践と調和し得ないと考えても不合理
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