んだのぢやア無かつたのですか。」
と智慧蔵は問ひました。
「いゝえ、この通り生きてゐます。私《わたし》は山火事が起つたので、直《す》ぐ隣りの国へ杉苗を買ひに参りました。御覧なさい。この通り杉苗を三千本買つて参りました。」
「まア、小い杉苗ですね。これを何《ど》うするつもりですか。」
「これをあの狸山へ植ゑて、元の通りの森にするのです。」
「こんな小い苗を植ゑて、元の森にする? 何年後に大きな森になると思ふ?」
「さうさなア、三百年も経《た》てば……。」
「はゝゝゝは、」と智慧蔵は笑ひました。皆なも一度に笑ひました。そして又太鼓を打《たた》いて踊り始めたのです。けれども馬鹿七は、さつさと山へ上つて行きました。そして土を掘つて叮嚀《ていねい》に、其《その》杉苗を植ゑました。それから二十日もたつて馬鹿七が、山を下りて来た時、村の人達は、矢張り雨乞踊りを踊つてゐました。
 馬鹿七は小高い所から、ぢつとその踊りを眺《なが》めてゐましたが、不思議にも村の人達が、皆《みん》な狸に見えるのです。
「あすこで狸が踊つてゐる? 狸が腹鼓を打つてゐる? いゝや、あれは人間ぢや、村の馬鹿な人達ぢやらう? いゝ
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