《びつくり》しましたから、腰の山刀をスラリと引抜いて、振廻しました。すると、その可愛い狸の仔の姿は掻消《かきけ》すやうに消えてしまひました。そして、森はまた元の真闇《まつくら》になりました。
 すると、馬鹿七は又、ぐう/\と鼾《いびき》をかいて、寝てしまひました。暫《しばら》くして眼を覚して見ますと、今度は大きな親狸が、まん円い膨《ふく》れたお腹《なか》を、ずらりと並べて、百も二百も並んでゐるのです。そして皆《みん》な、小い棒切れを両手に持つて、今にもその太鼓を打ち出さうとしてゐるじやありませんか。それを見た馬鹿七は、躍り上つて、
「しめたぞ! 狸さん、早くその太鼓を打《たた》いて、聞かせてお呉《く》れ!」と云つて、ニコニコ笑ひながら、竹の杖に縋《すが》つて伸び上つて見ますと、森の中一面に、大きな古狸が、何百何千となく座つてゐるのです。
「大変な狸だなア、今度は山刀を抜いて脅かしはしない。さア一つその腹鼓を打《たた》いて呉れ!」といつて、また木の根に腰を掛けると、古狸が一斉にポンポコ/\と腹鼓を打《たた》き始めました。すると最前|何所《どこ》かへ逃げた小い可愛い仔狸が、何所からかヒヨコヒヨコと出て来て、面白|可笑《おか》しい手付腰付をして、踊り出して来たのです。
 馬鹿七は余り面白かつたものですから、いつの間にか、自分もその仔狸の群へ交つて、平生から好んでゐた歌を唄《うた》ひながら夢中になつて踊りました。そして踊り疲れて、バツタリ森の中に倒れて眠つてしまひました。
 翌《あく》る朝眼を覚して見ますと、狸らしいものは、其所らあたりに一疋も居りません。自分が仔狸と一緒に、踊つたらしい跡形もありませんでした。
 馬鹿七は首を傾《かし》げながら、森を出て山を降りて、村へ帰りました。そして村の人たちにこの話を致しましたが、皆《みん》な、
「嘘《うそ》だ/\、そんな馬鹿な事があるものか。」といつて、信じませんでした。
「嘘だと思ふなら、皆さんも森の中へ行つてごらんなさい。」と馬鹿七はいひました。
「だつて、昔から誰《たれ》も行かない森だもの、入つて行くのは気味が悪いから……」といつて、矢張《やつぱ》り誰一人、森へ入つて行かなかつたのです。けれども馬鹿七は、大抵月に三度づゝは、この森の中へ入つて行きました。そして、いつもその面白い腹鼓をきいたり、踊りを見て喜んだりして、一夜を山の
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
沖野 岩三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング