、いつて、さつさと坂を下りました。
二
魚屋の藤六《とうろく》さんは、びんばふでした。毎日、朝はやく、問屋《とひや》へ行つて、お魚を一円だけ買ひ出します。そして、それを売つて、五十銭づつ、まうけるのです。もとでが一円五十銭あれば、七十五銭まうかるんだが、どんなにしても、一円五十銭のお金を、のこすことはできません。のみならず、うつかりすると、もとでの一円が、八十銭九十銭になりさうです。
藤六さんは、ひくわんしてしまひました。朝から晩まで、山をこえ谷をわたつて、山の中の一けん屋を、あちらこちらと、まはりまはつて、「ひものはいりませんか、ひものはいりませんか。」と、言つて、うりあるいて、一円五十銭の売上げを、もつてかへることは、なみ大ていの、くらうではありません。こんなしやうばいを、何十年してゐたつて、びんばふを卒業するといふ、見こみがないので、思ひ切つて、しんでやらうと、思つたことがありました。
藤六さんは、ある日、うちの屋根うらに、ほそびきをかけて、くびをくくつて、しなうとしました。高いふみ次《つぎ》を、持つてきて、ほそびきを、やねうらの、よこ木にかけました。しかし、かんがへました。
「このひもを、首に引つかけて、ぶらさがる。ひもがきれておちる。わたしは、ひどく、こしをうつて、けがをする。けがをすれば、明日から、魚を売りに行けない。」
そこで、首をくくることを、よしました。
そのあくる日は、四十銭しか、まうかりませんでした。藤六さんは、また、ひくわんして、こんどは、川へ入つて、しなうとしました。
川のそばへ行きました。川原に、ざうりをぬぎました。それから、きものをぬぎました。はだかになつて、ざぶざぶと、水の中へ入りました。目から、なみだが、ぽろぽろおちます。
だんだん、ふかいところへ、入つて行つて、もう、水が、藤六さんの、おちちのあたりまで来た時、雨がぱらぱらと、ふつてきました。藤六さんは、川原の方を、ふりかへつてみました。そして、
「大へんだ、雨がふつてきた。たつた一枚しかない、きものがぬれる。」と、いつて、大いそぎで、川原にかけ上つて、きものをきて、お家《うち》へかへりました。
それから、四五日たつて、またお魚を、売りのこしてきたので、こんどは山へ行つて、くびをくくつて、しなうとしました。
山には、藤《ふぢ》かづらがありました。その藤かづらをきつて、それを、わにして木のえだに、ひつかけました。そして、そのわに、くびをひつかけて、ぶら下らうとしましたが、藤六さんは、またかんがへました。
「まてよ。こんなかづらに、くびをひつかけたなら、きつと、くびのかはが、すりむける。さうすると、くすりを、つけなければならない。くすりをつけると、くすりだいがいるから、びんばふが、いつそう、びんばふになる。」
そこで、藤六さんは藤かづらのわを、木のえだに、ひつかけておいたまま、おうちにかへりました。
そのあくる日でした。藤六さんは、いつものやうに、お魚をうりに行つて、もう、半分ほど売つたころでした。これから、山の向ふまで、こえて行かうと思つて、かごをかついで、坂をのぼつてゐますと、上から、一人の西洋人がおりて来ます。ごとごとと、自てん車をおして、石ころみちを、あるいてゐます。
えいごを知らない藤六さんは、何といつていいか、わかりませんから、だまつて、みちをよけてゐますと、西洋人の方から、こゑをかけました。
「魚屋さん、すみませんが、わたしのあとへ、一人のびやう人が来ますから、この五十銭を、上げて下さい。わたし、少し急ぎますから……さやうなら。」
西洋人は、五十銭銀貨を、藤六さんの、手のひらに、のせておいて、さつさと、坂をおりてしまつたのでした。
藤六さんは、西洋人の見えなくなつた時、につこり笑ひました。
「うまいうまい。五十銭ぎんくわが、ふいに、天からふつてきたやうなものだ。これは、おれが毎日毎日、正ぢきにして、いつしよけんめいに、はたらいてゐるから、神さまが、あんな西洋人に、ばけてきて、おれにこの五十銭ぎんくわを下すつたんだ。ありがたい、これで、明日の朝は、一円五十銭のお魚が買へる。さうすると、七十五銭はまうかる。ありがたい、ありがたい。」
藤六さんは、その五十銭ぎんくわを、さいふの中に入れて、坂をのぼりました。
三
源八《げんぱち》さんは、くわんづめ会社の、しよく工でした。手早くつて、よくはたらくので、毎日、三円から四円の、お金をもらひます。けれども、源八さんには、二つのわるいくせがあります。それはさけをのむことと、さけをのむと、よつぱらつて、けんくわを、することとです。
町の会社で、三年ほど、はたらいてゐましたが、まうけたお金は、すつかりおさけを買つて、のんでしまひました。その上、時
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