は元気よく言ひました。で、大臣は早速町へ行つて蚊帳を一つ買つて来てそれを殿様に差上げました。
万作は多勢に見送られて、十二年前に越えて来た山坂を越えて自分の国へ帰つて見ますと、いつの間にか、お父さんはお爺《ぢい》さんになり、おつ母さんはお婆《ば》アさんになつてゐました。
「おや! 万作ぢやないか、まあ大人になつたネ。もう幾つになつたのかい。」
おつ母さんは嬉《うれ》しさうな顔をして聞きました。
「十二と十二とです。」万作は元気よく返事をしました。
「十二と十二?」お父さんは笑ひながら万作の抱へてゐるものを見て、「それは何ぢや。」と問ひました。
万作は、につこり笑つて、
「蚊帳です! もうこの蚊帳があれば今年の夏は煙い辛抱《しんばう》をしなくとも宜《い》いです。障子を閉めきらないでも宜いです。これを十二円で買つて貰つて来たのです。喜んで下さい。」と元気よく言ひました。爺さんも婆アさんも大層喜んで今年は早く夏が来れば宜《よ》いがと思つて、蚊の出る頃《ころ》を待つてゐましたが、ブーン、ブーンと唸《うな》つて一|疋《ぴき》二疋蚊が出て来ると、
「蚊帳だ! 蚊帳だ!」と大騒ぎをして、それをつらうとしたが四|隅《すみ》に吊《つる》す釣手《つりて》がありませんでした。どうせう、かうせうと評定してゐる中、万作は仙人に貰つた袋の事を想ひ出してそれを開けてみると、中に四つの栃《とち》の実が入つてゐました。そして、それに穴をあけて青い紐《ひも》を通してありました。
「これが宜《い》い、これが宜い!」大喜びでそれを四隅の釣手にして早速三人は其中に入つて寝ました。爺さんも婆アさんも、有難い有難いと云つて喜びました。
底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「赤い猫」金の星社
1923(大正12)年3月
入力:tatsuki
校正:田中敬三
2007年2月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
沖野 岩三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング