く》に渡して、こんな事を言ひました。
「この中には大事の大事の宝が入つてゐる。これを万作さんにあげます。あなたは今日から十二年間隣の国の殿様になるのだが、その間決して袋の中を見てはいけない。十二年|経《た》つて殿様を廃《よ》して家《うち》へ帰つた時、お父さんと、おつ母さんとにこれを御土産になさい。」と云《い》ひました。
万作はその袋を押頂いて、
「有難うございます。では私が今から隣の国の殿様になるのでございますか。」と云ひましたが、ふと顔を上げてみますと、もうそこには最前の爺《じい》さんはゐませんでした。不思議だナと思つてゐる中に、俄《にはか》に麓《ふもと》の方で人声が喧《やかま》しく聞えました。万作は立上つて何事だらうと思つて覗《のぞ》いてみると、何百人か何千人か知らないが、百姓や商人《あきんど》や職人|達《たち》が多勢てんでに紅《あか》い旗を打振つて山をこちらへ登つて来るのでした。
「はて何だらう?」
万作は木の株の上に立つたまゝ凝《じつ》と見てゐると多勢はだん/\と近寄つて来て、万作の姿を見るや否や一斉に、
「殿様がゐる! 殿様がゐる! 万歳!」と叫びました。万作は呆然《ばうぜん》として黙つてゐると、一人の賢さうな男が出て来てかう申しました。
「恐れながら、殿様には四つの玉を容《い》れた錦《にしき》の袋をお持ちでございますか。」
万作は何と言つて宜《よ》いか知れないので黙つて最前爺さんに貰《もら》つた袋を見せました。
「はゝあ、そのお宝を持つてお出でならば、あなたは私共の国の殿様に相違ございません。では一寸《ちよつと》御尋《おたづ》ね致したい事がございます。私共の国の先の殿様は大層悪い殿様で無茶苦茶に高い税金を取られまして、もう国中は貧乏になつてしまひました。これから百姓は毎月何程の税金をお納め申す事に致しませうか。」
「十二銭!」と万作は元気よく言ひました。
「武士《さむらひ》や職人や商人《あきんど》は何程|宛《づつ》で宜《よろ》しうございますか。」
「十二銭!」と又元気よく言ひました。
四
一同は手を拍《う》つて喜びました。
「皆《みん》なが十二銭|宛《づつ》だとさ、税金を安くして高低《たかひく》なしにして下すつた。本当に公平な賢い殿様だ。」
かう云つて多勢の人々は旗を振つて万歳万歳と言ひました。
万作はすぐ立派な着物を着せられて、美しい美しい御殿の中へ伴《つ》れて行かれました。
それから毎日々々いろ/\なむづかしい事件が起つてそれを申上げても、万作には何の事やら判《わか》らないのでいつも黙つてゐました。だから人民たちは、
「何を申上げても黙つてゐらつしやる。我々の申上る事は皆《みん》な馬鹿《ばか》らしくて御返事が出来ないのだらうから、もう我々も黙つて働かうぢやないか。」と言ひました。
それからといふものは、この国には喧嘩《けんくわ》もなければ裁判もなく、人の悪口を言ふものも無ければ、それはそれは皆《みん》ながおとなしいおとなしい唯《ただ》黙《だま》つて一生懸命に働く人達《ひとたち》ばかりになつたので国中がだん/\金持になりました。
月日の経《た》つのは早いもので、万作がこの国の殿様になつてからもうお正月を十二度迎へました。さア明日は十三度目のお正月だと云《い》ふ時、万作は急に、
「私《わし》は今日から国へ帰る!」と云ひ出しました。
人民たちは皆《みん》な集つて来て、
「何卒《どうぞ》いつまでも/\殿様になつてゐて下さい。」と申しましたが、万作は頭を横に振つて、さつさと御殿を出て行きました。
そこで大蔵大臣が人民共と相談して、万作に十二年間の御礼として幾らかのお金を差上げる事になりました。
「恐れながら殿様には餞別《せんべつ》としてこの国の庫《くら》に積んであるお金を何程でも御礼として差上げたうございますから御入用だけ仰《おほ》せ付け下さりますやう。」と大蔵大臣は地べたへ頭を擦《す》りつけて伺ひました。
万作は黙つて聞いてゐましたが、ふと十二年前に国を出る時、おつ母さんに蚊帳《かや》の約束をした事を想ひ出しましたから、
「では少々|貰《もら》はう。」と申しました。大臣は、
「では何百万円お入用でございますか。」と問ひましたが万作は、
「十二円!」と元気よく言ひました。
五
十二年も殿様の役目を勤めて下すつたに拘《かかは》らず、お礼の金をたつた十二円だけ貰《もら》はうと仰《おつ》しやつたので大臣は余り金高が少いのにびつくりして暫《しばら》くの間は物が言へませんでしたが、
「たつたそれつぱかりで宜《よろ》しうございますか。」と聞直しました。
「うん宜しい。その十二円で蚊帳《かや》を一つ買つて来て下さいよ。」
「蚊帳? あの夏になつてつる蚊帳をですか。」
「さうです。」万作
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