樹《はやまかじゅ》君にいわしむれば、お椀をふせたようなあごひげのある船長伊藤駿児君、それは確かに反動団の団長らしい風貌である。しかし、話してみると案外やさしい。
 伊藤船長の話によると、最初の普選に打って出て見事選挙民を泣き落した鶴見祐輔君が、いよいよと決心したのはニューヨークあたりで演説をしている頃であった。ところがサンフランシスコ出帆の竜田丸に乗り後れたならその運動に間に合わない。で、竜田丸の船長あてに是非便乗を頼むという電報を打って、郵便飛行機に乗って飛んで来た。
 所が出港の時間が来ても、飛行機は来ない。三分、五分と出渡[#「出渡」はママ]を延して、とうとう十五分も待った。船客の中には一個人のために出港を遅らせるのは不都合だというものもあったが、彼はとうとう鶴見祐輔君の来着を待って、桑港を出帆した。おかげで鶴見君は第一回の普選に見事当選の栄を得たのであった。伊藤船長が杓子定規だったら鶴見君のあの活躍はなかったのだともいえる。
『まあ当選したのがいいか悪いか、それは問題だがね。』
 船長はあごひげを撫でながらいったのであった。私がそんな事を思っている時、耳のそばで『愉快だね。』と
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