にらめつくらの鬼瓦
沖野岩三郎

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)今雄《いまを》さんは、

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)夕方|為事《しごと》を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから1字下げ]
−−

 今雄《いまを》さんは、五年級甲組の一番でした。
 京一《きやういち》さんは、五年級乙組の一番でした。

 今雄さんのお父さまは、ごん七さんといふ名で、東山《ひがしやま》の中ほどに、大きな家を建てて、瓦屋《かはらや》をしてゐました。
 京一さんのお父さまは、ごん八さんといふ名で、西山《にしやま》の中ほどに、りつぱな家を建てて、瓦屋をしてゐました。

 東山の瓦屋と、西山の瓦屋とは、いつも競争をして、おたがひに、自分のうちで焼いた瓦の、自慢を言ひ合つてゐました。
 東山へ、瓦を買ひに行きますと、ごん七さんは、じまんらしく、
「私《わたし》どもの瓦は、西山さんのやうに、寒さにめげて、こはれるやうな、そんな不出来な品ではありません。」と、言つて、こつこつと、石ころで、瓦をたたいて見せます。
 西山へ、瓦を買ひに行きますと、ごん八さんは、とくいになつて、
「手前どもの瓦は、東山さんのやうに、そまつなものでは、ありませんから、この通り、投げつけたつて、こはれるやうな事はありません。」と、言つて、瓦を庭に投げつけて見せます。
 両方の瓦屋で、毎日そんな事を言つてゐるうちに、
「たたいても、こはれない瓦。」
「投げても、こはれない瓦。」
と、いふ評判が高まつて、遠くの村や町から、東山へも、西山へも、毎日大ぜいの人が、瓦を買ひに来るやうになりました。で、二人は、もう仲よくすれば善いのに、東山のごん七さんは、いぢわるでしたから、何とかして、西山のごん八さんを、たたきおとして、自分の店だけを、はんじやうさせたいと思つてゐました。西山のごん八さんも、きかぬ気の人でしたから、東山から、いぢわるを、しかけられると、だまつては、ゐませんでした。

 その年の秋、村の小学校に、秋の運動会がありました。学校中で、一番よく走るのは、今雄さんと京一さんでした。今年の二百めえとる競走で、一番を取るのは、今雄さんだらうか、京一さんだらうかといふことが、村中の評判になりました。
 いよいよ、運動会の日になりますと、村の人たちは、東山派と西山派とに分れて、手手《てんで》に、旗を押し立てて、学校の運動場へのりこみました。東山派の、今雄さんびいきの人たちは、赤い旗を、西山派の、京一さん組の人たちは、白い旗を造りました。そして、源氏と平家のやうに東と西とに分れて、応援をする事になりました。

 運動会の競技は、段段と進んで、いよいよ最後の、二百めえとる競走になりました。
 東の方では、生徒の父兄達が、赤い旗を振つて、
「たたいても、こはれない方、しつかりしろ。」と、叫びますと、西の方では、
「投げても、こはれない方、しつかりしろ。」と、叫びつづけました。
 けれども競技の結果は、京一さんが一足程早く、決勝点へ入つたので、
「投げても、こはれない方万歳。」の、こゑが、西の方から起りました。すると東山の方から、
「今一度やり直せ。不公平だ。」
と、叫ぶこゑが起りました。そこで校長さんは、
「番外として、も一度二百めえとる競走をいたします。」
と、呼びました。
「たたいても、こはれない方、しつかりしろ。」
「投げても、こはれない方、しつかりしろ。」
 東西から起るこゑは、雷のやうでした。ところが今度は、今雄さんの方が、二足ばかり早く、決勝点に入りました。
 今度は東の方から、しきりに、
「たたいても、こはれない方万歳。」を、くりかへして叫びました。けれども、今雄さんと京一さんは、にこにこ笑ひながら、手をにぎつて別れました。

 ごん七さんは、瓦がよく売れるので、お金がうんとたまりました。で、東山の景色のいいところへ、立派な二階造りの家《うち》を建てました。
 ごん八さんは、それを見て、西山の景色のいい所へ、三階造りをたてました。
 ごん七さんは、まけてはならないと思つて、二階の上に、また一階をたてそへました。
 ごん八さんは、三階の上に、また一階をたてそへました。
 ごん七さんも、三階を四階にしました。
 ごん八さんは、とても大きな鬼瓦を作つて、四階の屋根の上にのせました。その鬼は、恐ろしいかほで、ごん七さんのおうちの方を、朝も晩も、にらみつけてゐます。
 ごん七さんも、まけぬ気になつて、もつと大きな鬼瓦を作つて、四階の上にのせました。それは世にもめづらしい、恐ろしい、かほつきの鬼瓦でした。それが、朝も晩も、西山の鬼瓦を、にらみつけてゐます。

 今雄さんと京一さんとは、相かはらず、仲よく遊んでゐ
次へ
全4ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
沖野 岩三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング